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仙台真田家と傑山寺

真田信繁(幸村)は大坂夏の陣の折り、戦場で奮戦する重長を見て「この将ならば」と片倉の陣に矢文を送り、婚姻の儀を申し入れ、決戦前夜の5月6日の夜、子女5人の子どもを託しました。 重長は、その中の一人4女「阿梅」を継室として迎えています。

継室となった阿梅の方は、亡父真田幸村公と亡夫片倉重長公の菩提を弔うため髪をおろし、大平の地に傑山寺の末寺としての庵を建立して「月心院」と名付け、日夜供養に勤めました。

後に月心院が廃寺となるにしたがい真田幸村公、片倉重長公の位牌は本寺である傑山寺に移転され、阿梅の方の位牌とともに祭られるようになりました。

また、保護された、幸村の二男真田守信(当時は大八)は片倉家の居城白石で養育され、幸村の子の中で唯一真田性を継いだ男児となった。 守信は仙台真田家の家祖となっております。真田家の家紋「六文銭」はあまりにも有名ですが、守信はこの家紋を使うことはありませんでした。

阿梅と守信の墓は、白石市内の当信寺に祭られています。それは、阿梅の方が継室であったことや、少しでも故郷の風を感じたいため、街道沿いの当信寺に墓所したと言われております。

傑山寺縁者真田家

真田幸村 月心院單翁宗傳大居士 二代重長公後妻 父
阿梅 泰陽院殿松源壽悟大姉 二代重長公後妻

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